執筆:中国担当
はじめに
米中貿易摩擦の長期化等により中国経済の先行きが不透明であることから、中国事業の見直しを検討している外資系企業が増えている。日系企業の撤退に関しては、「中国における会社清算手続きは煩雑だ。半年間かかっても撤退できない」というイメージが広がっている。
「先行先試(全国施行する前に、他の地域より先に政策を試行する体制)」において、上海市政府は会社清算の難航を解決するため、2019年7月から会社清算手続きをウェブサイトで完結できる「ワンストップ窓口」を開設した。また、特殊な状況における清算手続きの省略や簡易抹消登記制度適用範囲の拡大等、地方政策も次々と公布されており、従来の複雑な手続きを避けて、撤退に要する時間を短縮することができるようになると期待されている。今後、上海の事例を参照して、手続き簡素化の適用範囲が中国全土に拡大されることも見込まれる。
本稿では、この度公布された『上海における会社清算手続き簡素化』の紹介をはじめ、中国における事業撤退の実態を検討する。
1. 上海における会社清算手続き簡素化の主な内容
(1) 特殊状況における清算手続きの省略
株主と連絡が取れない場合や、株主が協力してくれない場合の会社清算手続きについては、書面確認と新聞公告で株主全員に周知させた上、株主総会の決議書と清算報告書で会社清算を進めることが可能となる。また、営業許可証を紛失した場合、紛失による再発行の手続きを省略して、直接清算手続きを進めることが可能となる。
(2) 簡易抹消登記制度適用範囲の拡大
下記の条件に該当する会社は簡易抹消登記制度の適用対象となる。新聞公告に代わり、国家企業信用情報公示システム上で45日間公示(無料)すれば、清算組備案や決議書、清算報告書等を提出しなくても抹消登記が可能となる。
イ) 営業許可証を受領したが、実質運営していない会社
ロ) 抹消登記届出書の提出前の時点で、未決済の債権債務が無い、或いは債権債務が発生したことがない会社
ハ) 非営利会社(政府機関、学校、病院、社会団体等)
ニ) 個人独資企業
ホ) ジョイントベンチャー
(3) 「ワンストップ窓口」の活用
清算簡素化を目指して、専用ウェブサイトが開設された。ウェブ予約、書類提出などの機能もリリースされ、審査進捗などの見える化を実現する。
2. 会社清算に関する政策整理と改革の「ジレンマ」
今まで、「清算難航」を解決するために中国政府(中央・地方ともに)は様々な試行政策を出してきた(下表1参照)。友好なビジネス環境を作るために改革を続けてはいるが、日本、香港等の先進国地域と比べ、清算手続きは煩雑であると言わざるを得ない。
表1-中国における会社清算に関する政策整理
直近数十年の人件費高騰や2018年以降の米中貿易摩擦の激化等に伴い、外資系企業の中国ビジネスからの撤退志向が高まりつつある。中国政府は、「引き続き自由貿易を守って、開放的な経済環境を作ろう」という意志を持ち、自動車業界の外国資本投資比率規制の緩和策、外国証券業者の参入規制緩和や商事登記・抹消簡素化等の政策も公布し外国資本誘致の姿勢をアピールしている。
その一方で、外国資本の流出は増加傾向にある。経済成長鈍化傾向にある中国政府は撤退予定の外国資本を引き留めなければならず、外国資本を誘致した際に優遇政策を出した地方政府もリターン(雇用創出、関連産業の育成)を取得できなくなるので、外国資本が容易に撤退できることは望まない。開放的なビジネス環境を作るために、外資系企業をより容易に撤退させるか、或いは外国資本の流出に伴う短期間の「痛み」を避けて外国資本を引き止めるか、中国の中央政府が地方政府と共に直面し、解決しなくてはならないジレンマ(葛藤)である。
表2-日系企業海外事業・解散/撤退現地法人企業数