税のトピックス
2024年12月2日
- ニュースレター
税制適格ストックオプション(令和6年度税制改正を含む)
まとめ
- 株式保管委託要件が緩和され、証券会社等による管理に代えて発行会社自身による管理の方法も選択できるようになった。
- 発行会社が付与するストックオプションの1年あたりの権利行使価額の上限が最大3,600円に引き上げられる。
- 外部協力者に対しストックオプションを発行する際の要件が緩和された。
- 2024年3月31日以前に発行済のストックオプションについて、上記の株式保管委託要件における発行会社自身による管理や権利行使価格の限度額の引き上げについて、令和6年度税制改正後の改正法の適用を受ける場合、2024年12月31日までに契約変更を行う必要がある。
- 税制適格ストックオプションの権利行使価額について、2023年7月7日国税庁発表の「ストックオプションに対する課税(Q&A)」において、未上場会社では付与契約時の株価算定にて財産評価基本通達の例(特例方式)を選択できる旨が明確化された。
1. ストックオプション税制の概要
ストックオプションとは、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた額(権利行使価額)で購入することができる権利(新株予約権)である。ストックオプションを付与された役職員は、将来の一定の条件を満たした場合、ストックオプションの権利行使を行い自社株式を取得し、それを売却することにより売却益(キャピタルゲイン)を得られる。
ストックオプションの課税関係は、税制非適格ストックオプションと税制適格ストックオプションに分かれる。
税制非適格ストックオプション(無償・有利発行型)の課税関係について、①権利行使時と②株式売却時の2回課税のタイミングがある。①権利行使時に、権利行使時の株価から権利行使価額を差し引いた金額に、給与所得として課税される(所令84③)。総合課税の対象となり累進税率が適用され、最大で55.945%が適用される。株式を取得したのみであり、担税力のない状況で課税が生じることとなる。ただし、退職に基因して、従来の継続的な勤務に対する報償で一時に受ける性質として、権利行使可能となる場合、退職所得として課税される(所法30①、所基通30-1)。②株式売却時に、売却時の株価と権利行使時の株価との差額(売却益)に、譲渡所得として課税される。分離課税の対象となり、一定税率 20.315%が適用される。一方、税制適格ストックオプションの課税関係について、権利行使時には課税されず株式売却時まで繰り延べられ課税のタイミングは1回のみとなる。株式売却時に、株式売却時の株価と払込金額(権利行使価額)との差額(売却益)に対し譲渡所得として課税される(措法29の2)。分離課税の対象となり、一定税率 20.315%が適用される。
(図表1) ストックオプションの付与対象者に対する課税関係
ただし、税制適格ストックオプションは、(図表2)の税制適格要件をすべて満たす必要がある(措法29の2①(1)~(6))。この要件が令和6年度税制改正により一部改正され、2024年4月1日に施行され、2024年以後の所得税について適用される(改正法附則31①)。要件緩和の改正であり、納税者にとって使い勝手がよくなった。
また、2024年3月31日以前に締結された契約で、2024年4月1日から12月31日までの間に、下記(2)①年間の権利行使価額の限度額、②発行会社自身による株式の管理に関する契約の変更を行い、令和6年度税制改正後の要件を定めた場合、改正後の税制が適用される(改正法附則31②)。
(図表2) ストックオプションにおける税制適格要件
項目 | 税制適格要件 | 令和6年度税制改正 |
付与の対象 |
|
改正③ 社外高度人材に 対する要件の緩和 |
発行価格 | 無償発行 | |
権利行使期間 | 付与決議日後2年を経過した日から10年を経過する日まで (※設立5年未満の非上場会社は15年を経過する日まで) |
|
権利行使限度額 | 年間の合計額が1,200万円を超えないこと | 改正① 年間の権利行使 価額の限度額の引上げ |
権利行使価額 | ストックオプションに係る契約締結時の時価以上の金額とすること | |
譲渡制限 | 他者への譲渡が禁止されていること | |
保管委託 | 権利行使により取得する株式につき、証券会社等による保管がされること(税制適格ストックオプションの専用口座での管理) | 改正② 保管委託要件の 緩和 |
(出所)税理士法人山田&パートナーズ「税制改正のポイントと解説(令和6年度版)」P70
2. 税制適格ストックオプションに関する令和6年度税制改正
(1)年間の権利行使限度額の引上げ
年間の権利行使価額の限度額が1,200万円から(図表3)のとおり引き上げられた(措法29の2①(2)、措規11の3①)。
(図表3) 年間の権利行使限度額の引上げ
(実務上のポイント①)年間の権利行使限度額の引上げにより、早期に権利行使が可能
権利行使価額の限度額が引き上げられたことにより、年間に行使できるストックオプションの数が増えるため早期に権利行使することが可能となる。なお、既発行の税制適格ストックオプションについては、2024年4月1日から12月31日までに上限額につき割当契約の内容を変更する場合、限度額を引き上げることができる。
(図表4) 年間の権利行使限度額の引上げにより、早期に権利行使が可能な例
(実務上のポイント②)一人あたり付与できる税制適格ストックオプションの数が増加
権利行使価額の限度額が引き上げられたことにより、付与対象者一人あたりに付与できる税制適格ストックオプションの数(上限額)が増加する。
なお、1年あたりの権利行使価額の限度額は付与対象者個人に対するものであるため、当該個人に既に付与されている税制適格ストックオプション(他の会社から付与されたものを含む)の権利行使価額総額も含めて考慮する必要がある。付与した時点で権利行使期間のいずれの年においても年間の権利行使価額の限度額内で権利行使することができない場合は、その個人に新たに付与されたストックオプション全体が非適格となるため注意が必要である。
(図表5) 一人あたりに付与できる税制適格ストックオプションの数が増加する例
例)付与対象者A氏の付与上限額
- 設立10年目の非上場会社が権利行使期間を適格要件の最長(制限期間2年+行使期間8年)とした税制適格ストックオプションを付与する場合
- 現在、A氏は税制適格ストックオプションは保有していない
(2)発行会社自身による株式の管理(保管委託要件の緩和)
税制適格ストックオプションの適格要件のひとつである保管委託要件について、企業買収時において機動的に対応できるよう、発行会社自身による管理の方法が新設され(措法29の2①(6)ロ)、証券会社等への株式保管委託と選択適用となった。
(図表6) 発行会社自身による株式の管理(保管委託要件の緩和)
具体的には、下記の要件を満たす税制適格ストックオプションについて証券会社等への株式の保管委託が不要となる。
- 権利行使により交付される株式が、譲渡制限株式であること
- ストックオプションを発行した会社自身により、当該株式の管理がされること
なお、この改正は非上場会社に限定されるものではないが、上場会社に特段のメリットはないことから、この優遇措置の適用を受けるのは非上場会社に限られると考えられる。
(実務上のポイント①)
証券会社等への保管委託か発行会社自身による管理かの決定時期
保管委託要件は、権利行使により交付する株式について管理することを要請している。税制適格ストックオプションの付与時に、発行会社と付与対象者との間で締結する割当契約において、権利行使により交付する株式について、証券会社等への保管委託又は発行会社自身による管理をする旨を定めることが必要となる((措法29の2①柱書・(6)ロ))
(実務上のポイント②)
発行会社自身による管理が認められるのは「譲渡制限株式」に限定
IPO準備会社の多くはIPO直前まで株式に譲渡制限が付されている(会社法上の非公開会社である)ことが考えられるため、出口がM&Aになった場合においても権利行使により交付される株式は「譲渡制限株式」であることから、発行会社自身による管理の要件を満たす。なお、IPOを見据えて非公開会社から公開会社になった(つまり譲渡制限を廃止した)後、何らかの事情によりIPOが延期または中止となることもあり得る。その後、会社法上の公開会社の状態で出口がM&Aとなった場合、権利行使により交付される株式は譲渡制限が付されていない株式、いわゆる(譲渡制限の付されていない)「普通株式」であるため、発行会社自身による管理の要件を満たさなくなることに注意が必要である。
(実務上のポイント③)
権利者や発行会社は、権利行使時・株式譲渡時に、届出や管理が必要
発行会社は、ストックオプションの行使により交付される株式について、帳簿を備え、権利者別に、株式の取得等異動状況を記載し、区分管理する必要がある。また、役職員等権利者や発行会社は、権利行使時や株式譲渡時において、必要な届出や管理を行っていくこととなる(措法29の2①六ロ、措令19の3⑨、措規11の3④、令和6年経済産業省告示第69号)。株式の管理を行う発行会社は、「特定株式等の異動状況に関する調書」を毎年1月31日までに所轄税務署長に提出しなければならない(措法29の2⑦、措令19の3㉗㉘、措規11の3⑰)。役職員等権利者が発行会社により管理されている株式を譲渡する場合、税制適格要件を満たすためには、証券会社等への売委託又は発行会社への譲渡が必要となる(措令19の3⑨(3))。
(実務上のポイント④)
既発行の税制適格ストックオプションの取り扱い
既発行の税制適格ストックオプションについて、2024年3月31日以前に締結された契約で、2024年4月1日から12月31日までの間に、発行会社自身による株式の管理に関する契約の変更を行い、令和6年度税制改正後の要件を定めた場合、改正後税制が適用される(改正法附則31②)。
(実務上のポイント⑤)
自社管理の具体的な方法
発行会社自身による株式管理スキームについて、経済産業省のホームページにおいて、発行会社自身による株式管理スキーム(PDF)や区分管理帳簿のフォーマット(例)(Excel)が公表されており、適宜参照されたい。
(3)社外高度人材に対する要件緩和(付与対象者の範囲の拡大)
ストックオプション税制において、スタートアップ企業等が中小企業等経営強化法に規定する認定新規中小企業者等に該当し、付与される者が同法に規定する社外高度人材に該当すること等を要件として、外部協力者に対し税制適格ストックオプションを付与することが可能である。令和6年度税制改正において、この要件が以下(ⅰ)から(ⅲ)のとおり緩和された(措法29の2①柱書、中小企業等経営強化法2⑧、中小企業等経営強化法施行規則4)。
① 社外高度人材要件の緩和
社外高度人材に係る実務経験要件について、(図表7)のとおり緩和された。
(図表7) 社外高度人材要件の緩和
② 社外高度人材範囲の拡大
社外高度人材に係る対象範囲について、(図表8)のとおり拡大された。
(図表8) 社外高度人材範囲の拡大
- 将来成長発展が期待される分野の先端的な人材育成事業に選定され従事していた者
- 過去10年間に、製品又は役務の開発に2年以上従事し、かつ下記①~③のいずれかを満たす者
①上場企業の従業員で、開発した製品又は役務の売上高が、開発に従事していた期間内において、全事業の売上高の1%未満から1%以上まで増加
②上場企業以外の従業員で、製品または役務の開発に従事していた期間に、全事業の売上高が2倍以上に増加
③上場企業以外の従業員又は外部協力者で、開発した製品又は役務の売上高が、開発に従事していた期間内において、2倍以上に増加
上記に加え、以下が新規に追加される。
- 教授及び准教授
- 上場会社の重要な使用人(執行役員等)として1年以上の実務経験ある者
- 未上場企業で役員及び重要な使用人(執行役員等)として1年以上の実務経験ある者
- 過去10年間に、製品又は役務の開発、製品又は役務の販売活動若しくは資金調達活動に 2年以上従事した者であって、かつ下記①~③のいずれかを満たす者
① 本邦の公私の機関の従業員として当該製品又は役務の開発に従事していた期間の開始時点に対し、終了時点における当該機関の全ての事業の試験研究費等が40%以上増加し、かつ、終了時点における当該機関の全ての事業の試験研究費等が2,500万円以上であること等の一定の要件を満たすもの
② 本邦の公私の機関の従業員として当該製品又は役務の販売活動に従事していた期間の開始時点に対し、終了時点における当該機関の全ての事業の売上高が100%以上増加し、かつ、終了時点における当該機関の全ての事業の売上高が20億円以上であること等の一定の要件を満たすもの
③ 本邦の公私の機関の従業員等として当該資金調達活動に従事していた期間の開始時点に対し、終了時点における当該機関の資本金等の額が100%以上増加し、かつ、終了時点における当該機関の資本金等の額が1,000万円以上であること等の一定の要件を満たすもの
(出所)税理士法人山田&パートナーズ「税制改正のポイントと解説(令和6年度版)」P78
③ 認定新規中小企業者等(ストックオプション発行会社)の要件緩和
ハンズオン支援を行うベンチャーキャピタル等から最初に出資を受ける時点における発行会社の資本金の額及び従業員数の要件が廃止された。
(図表9) 認定新規中小企業者等(ストックオプション発行会社)の要件緩和
3. 未上場企業における税制適格ストックオプションの権利行使価額要件を満たす株価について
税制適格ストックオプションの課税関係について、権利行使時には課税されず株式売却時まで繰り延べられ課税のタイミングは1回のみとなる。株式売却時に、株式売却時の株価と払込金額(権利行使価額)との差額(売却益)に対し譲渡所得として課税される(措法29の2)。分離課税の対象となり、一定税率 20.315%が適用される。ただし、税制適格ストックオプションは、(図表2)の税制適格要件をすべて満たす必要がある(措法29の2①(1)~(6)、図表2)。
税制適格ストックオプションの権利行使価額要件として、権利行使価額はストックオプションに係る契約締結時の1株当たりの価額以上とされている(措法29の2①三)。税制適格ストックオプションの権利行使価額について、未上場企業では、一定の条件の下、財産評価基本通達の例(特例方式)を選択できる旨が明確化された(図表10、2023年7月7日国税庁公表のストックオプションに対する課税(Q&A)問7、租税特別措置法通達29の2-1、租税特別措置法通達の解説(新設))。
特例方式は、税制適格ストックオプションの権利行使価額要件に係る付与契約時の株価の算定でしか選択できない。また、権利行使価額を特例方式で算定した株価を基に設定した場合、会計上、発行時の株価と権利行使価額に差額が生じることとなり、その差額は本源的価値として、未上場企業においても、株式報酬費用として会計処理を行う必要がある。
(図表10)税制適格ストックオプションの権利行使価額要件を満たす未上場株式の価額
区分 |
株式の価額 |
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原則方式 |
特例方式 |
||
取引相場の |
売買実例のある株式 |
売買実例価額 |
下記(※) 選択可 |
売買実例のない株式 |
類似会社の株式の価額 |
||
純資産価額等を参酌して算定した価額 |
(出所) 2023年7月7日国税庁公表のストックオプションに対する課税(Q&A)問7(参考3)を元に筆者作成
(※)特例方式による算定方法の概要(財産評価基本通達の例による算定)
特例方式は、税制適格ストックオプションの権利行使価額要件に係る付与契約時の株価算定でのみ選択可
① 原則的評価方式(ストックオプションを付与される者が同族株主等の場合)
- 大会社:類似業種比準方式(純資産価額方式も可)
- 中会社:併用方式(純資産価額方式も可)
- 小会社:純資産価額方式(併用方式も可)
② 特例的評価方式(ストックオプションを付与される者が同族株主等以外の場合)
- 配当還元方式(①の原則的評価方式も選択可)
ストックオプションを付与される者が同族株主等に該当しない場合、配当還元方式で評価でき(ストックオプションに対する課税(Q&A)問7(参考3)2)、未上場企業で配当を行っていないケースでは、評価額が低額になると考えられ、権利行使価額を低く設定できると考えられる。また、純資産価額方式での算定結果がマイナスの場合、権利行使価額は1円で設定できる(ストックオプションに対する課税(Q&A)問8(答))。また、VCが優先株式を保有しているケースで、当該優先株式に優先分配され、残りを発行済株式数に応じて均等分配される「参加型」の場合、純資産価額方式での算定にあたって、優先株式に分配される純資産価額を控除する(ストックオプションに対する課税(Q&A)問9(答))。このようなケースも、評価額が低額になると考えられ、権利行使価額を低く設定できると考えられる。
4. ストックオプションプール制度
2024年9月にストックオプションの機動的な発行を進めるためストックオプションプール制度が創設された。経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けた、設立後15年未満までの未上場企業を対象に、自社で定める一定の範囲でストックオプションの柔軟かつ機動的な発行を可能とする制度である。経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けるため、経済産業省の担当部署に事前相談等を行う必要がある。
5. ストックオプションにおける発行会社側の課税関係
税制適格ストックオプションについて、発行会社において損金算入はできない。
税制非適格ストックオプションについて、ストックオプションが行使された場合、発行会社において、ストックオプションの付与時の時価等を、当該行使の日、つまり給与等課税事由が生じた日に、法人税法上の費用とする(法法54の2①、法令111の3②③)。ただし、2017年10月1日以後の決議にかかるものは、退職給与以外の役員給与について、不相当に高額でないだけでなく、事前確定届出給与・業績連動給与の損金算入要件を満たす必要がある(法法34)。
執筆:門田 英紀 kadotah@yamada-partners.jp
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この記事の著者
門田 英紀
税理士法人山田&パートナーズ
パートナー 公認会計士 税理士日本公認会計士協会 租税調査会専門委員。2004年入所。法人のお客様向けに、会計・税務顧問、企業組織再編、 M&A コンサルティング等、幅広く担当。