事業承継の現場において、従前は種類株を活用していたケースにおいても民事信託を活用するケースが見られるようになりました。
事業承継において後継者成長と株価の二つの観点が重要になります。その二つが同時に適切なタイミングとなることは多くありません。この点は、事業承継を行っていく上での大きな悩みの一つです。また、株式が分散しているケースにおいて、株式は分散のままで承継していくものの、議決権の集約は行いたいといった悩みがあるケースも少なくありません。
このような悩みには、株式の議決権を集約して統一的に行使する方法が解決策となります。これらの悩みに対する解決策として、種類株や属人株などの特別な定めを設ける株式を設定する方法が活用されてきました。
この点、信託を用いることによっても議決権の集約を実現することができます。受託者に議決権を集約したり、指図権者を設定して議決権行使を委ねたりすることによって、民事信託を用いるスキームにて対応することができます。メディアによる報道等もあり、以前よりも民事信託の知名度が増したこともあり、民事信託を活用するスキームを希望されるお客様も増加しているようです。
信託は、財産を持っている人(委託者)が信頼できる者(受託者)に自らの財産を託することで始まります。株式を民事信託する場合、株式を有していた委託者が受託者に株式を信託することによって、当該株式の株主は受託者になります。つまり、受託者は株主名簿に登録され、株主となります(株主名簿には、信託によって株主になったことがわかるように記載がされます)。もちろん、議決権行使や配当の受領も受託者が行うことになります。
もっとも、受託者が配当を受領するといっても、その経済的な利益は受託者に帰属しません。信託財産から生じる収益は受益者(信託契約において受益権を持つものとして設定された者)に帰属します。例えば、後継者を受益者として設定すれば、株式の経済的利益だけを信託設定時に移転することになります。また、委託者が受益者を兼ねることも可能です。そのため、現株主が委託者兼受益者となる信託を作れば、株式の管理や議決権の行使を受託者に管理させる体制を作ることができます。
民事信託の多くは契約によって設定されています。ただ、現オーナーと後継者が事業承継のために信託を用いるケースにおいては、信託宣言と呼ばれる方法で信託を組成することも少なくありません。
信託宣言は、委託者が自分の財産を一定の目的のために信託することを公正証書などにより、意思表示することによって信託を設定する方法です。信託宣言により、現オーナーの思いに沿った株式の承継を目的として、現オーナーが委託者兼受託者、後継者が受益者となる信託を設定することができます。つまり、株式の経済的利益は後継者に承継させるものの、株式の議決権は現オーナーが受託者として行使する体制を続けることができます。そして、議決権は、後継者が成長し、会社のかじ取りを後継者に委ねるべきタイミングで信託を終了させて、株式の承継を完了させることになります。
もちろん、種類株式を導入し、議決権のある株式とない株式に区別することによって後継者に議決権を集中させることはできます。ただし、会社法322条2項において、「株式の種類の追加」、「株式の内容の変更」及び「発行可能株式総数又は発行可能種類株式総数の増改」の決議事項は種類株主総会決議による決議を必要とする建付けとなっています。そのため、議決権制限の種類株式であっても完全に議決権の影響を排除することはできません。なお、属人株を用いる場合、より議決権制限を強くすることも可能ですが、現株主の相続開始後まで続くルール設定を行うことはハードルが高くなります(スペースの都合、本稿で詳細は割愛します)。
また、無議決権の株主であっても株主であることは変わりがありませんので、無議決権株式を持った株主は第三者に対してその株式を譲渡する可能性があります。非上場会社の株式を買い取る業者も出現しているため、譲渡承認をめぐってトラブルが生じる可能性は残ってしまいます(取引の有効性に疑義があることは一旦おきます)。一方、民事信託を活用したスキームでは、受託者が株主となりますので、そのような不測の売却の可能性は低くなります。
もちろん、民事信託が全てのケースで適切な選択肢になるとは言えません。お客様の状況によっては、種類株や属人株の設定が適切といえるケースもあります。税務・法務の専門家と相談し、具体的事実も踏まえた上でスキームの検討を進めてください。
執筆:田中 康敦 tanakay@yp-law.or.jp