1. なぜ? 今、ファミリーガバナンスか
日本企業における経営の意思決定は、特定の親族(ファミリー)のみで行われている割合が比較的高いことは周知のところであります。そのような企業は、株主(所有)と役員(経営)が、同一のファミリーメンバーとなるので、企業統治(ガバナンス)の観点から、全ての経営の意思決定が、ファミリーメンバーのみで完結されるということになります。
近年のファミリービジネスの研究によれば、上記のような特定のファミリーを中心としたガバナンスにて経営が行われている企業(以下「ファミリー企業」という。)の場合、そうでない企業と比べ、収益性や継続性に優れているとされています。そして、更に、そのようなファミリー企業は、社会的倫理感が高く,地域貢献へ意識も高い長寿企業が多いとされています。
しかしながら、最近のファミリー企業における事業の継続、特に、事業承継のフェーズにおいては、多くの問題が生じているものと考えます。例えば、創業者から2代目などへの事業承継の場面において、中・長期的な企業の成長や事業の継続といった観点よりも、次期後継者“単独”での経営のやり易さを重視し、短期的(次期後継者の承継時点)な体制に意識を置くことが多く、株主(所有)と役員(経営)を後継者一人、つまり“単独”のファミリーメンバーに集約させるケースが多いと感じます。
そのため、少子化や核家族化など、人口動態や生活様式の変化の中、単独のファミリーメンバーのみでの承継では、長期におよぶ事業の承継は難しくなっているものと考えます。例えば、直系の子供がいない、または、子供が経営を引き継がない(他社への就業)、経営者としての適性がないなど、選択肢が限られた単独のファミリーメンバーのみへの事業の承継は難しくなっており、最悪の場合、事業の継続を諦めること(廃業等)を余儀なくされるなどが考えられます。今後、少ない選択肢の中での事業承継では、日本のファミリー企業の数は、大きく減少して行くものと考えられます。
2. 事業承継における税負担の問題
また、前述の通り、日本の事業承継は、後継者単独による経営のやり易さに重点を置くことが多く、その為、株式についても、後継者一人に集中させることが多くあります。しかしながら、株式を一人に集中させる場合には、当該株式にかかる贈与税や相続税などの税負担が著しく大きくなるケースがあります。
この問題を解決するために、税制上は“事業承継税制”などによる納税についての特例的な制度を設けることにより、その負担を軽減するということであります。しかし、最終的な負担についての支払いを免れるためには、株式の保有や承継等の手続きについて、長期間、多くの要件を維持、継続する必要があります。従って、事業承継における税負担の問題が、当該事業承継税制を利用することによって、解消されている状況とは考えられません。
3. 非公開化によるファミリーガバナンスへの回帰?
昨今、MBOなどによる上場廃止(株式の非公開化)が増えています。その目的は、ファミリーメンバーによる企業統治(ガバナンス)を復活させることにより、事業を立て直す、という目的をもって実施している企業もあるようです。今後の株式市況にも左右されるものとは考えますが、当該事例が増える可能性もあると考えられます。
多くの企業は、ファミリーメンバーのみでビジネスをスタートさせ、規模の拡大等に伴い、株式公開等をしてきたものと考えられます。しかしながら、上場の維持管理、コーポレートガバナンス・コードの順守、多様な株主からの要求に応じるような経営などから、非公開化により、ファミリーメンバーによる経営を、より実施しやすくなるようなガバナンス体制へ回帰する向きがあるものと考えます。
4. ファミリーメンバーによる統治体制へ
このように、日本のファミリー企業において、様々な課題がある環境下においては、これまでのような方法とは異なる形態での事業承継が必要になってくると考えます。それは、創業一族であるファミリー全体で事業をつないでいく形態です。その為には、ファミリーそれぞれのつながりを長期的な視点に基づき考察する必要があり、また、永続的な経営及び安定した支配を承継していくための統治体制(ファミリーガバナンス)を構築する必要があります。このようなファミリーガバナンスを実現するためには、ファミリーを統治するルール作り(ファミリー憲章)が重要な役割を果たすことになります。
5. ファミリーを統治するルール作り(ファミリー憲章)について
数多くのファミリーメンバーでビジネスを行う場合、様々な場面でトラブルが生じる可能性があります。円滑に事業を遂行する為には、ファミリー間のトラブルを未然に防止する、或いは、解決するためのルール作りが必要となります。これは、歴史ある日本企業における家訓に近いものにあたりますが、長い時を経て、事業を継続してきた企業には、この家訓を大切にするケースが多いと感じます。例えば、日本の代表的な企業グループである三井グループにおける“宗竺遺書”はひとつの示唆を与えてくれます。
三井グループといえば、江戸時代に三井高利の「越後屋」の屋号が起源であり、「三井越後屋」を江戸に開業しました。
商号 |
三井越後屋 |
代表者 |
三井高平 |
従業員数 |
350人 1713年 |
事業内容 |
呉服の仕入れ販売、両替店、公金為替の扱い |
沿革 |
1673年 三井高利、京都室町通蛸薬師に呉服店、江戸に越後屋三井呉服店を開業 |
1683年 両替店開設 |
1691年 幕府より大坂御金蔵銀御為替用に任命され公金為替を扱う |
1692年 家政と家業の統括機関(ファミリーオフィス)である三井大元方設置 |
1722年 二代目三井高平家憲である”宗竺遺書”を残す |
1900年 宗竺遺書は”三井家家憲”として改訂 |
三井高利の長男である三井高平が、高利の遺訓を元に1722年、“宗竺遺書”を制定しました。“宗竺遺書”は高平を中心に兄弟と相談の上作成した三井家の家憲であり、ここには、同族の処世法、事業上の措置、財産配分率、子孫の教育法など三井家の繁栄を保持するための規約とその尊守が細かく書かれています。その内容は一族の一致団結から始まり、約50項目にも及んでいます。主なものを現代語にして挙げると次のようなものになります。
- 同族の範囲を拡大してはいけない。同族を無制限に拡大すると必ず騒乱が起こる。
同族の範囲は本家・連家と限定する。
- 結婚、負債、債務の保証等については必ず同族の協議を経て行わねばならぬ。
- 毎年の収入の一定額を積立金とし、その残りを同族各家に定率に応じて配分する。
- 人は終生働かねばならぬ。理由なくして隠居し、安逸を貪ってはならぬ。
- 大名貸しをしてはならぬ。その回収は困難で、腐れ縁を結んでだんだん深くなると沈没する破目に陥る。やむを得ぬ場合は小額を貸すべし、回収は期待しない方がよい。
- 商売には見切りが大切であって、一時の損失はあっても他日の大損失を招くよりは、ましである。
- 他人を率いる者は業務に精通しなければならぬ。そのためには同族の子弟は丁稚小僧の仕事から見習わせて、習熟するように教育しなければならぬ。
『三井広報委員会ホームページより』
当該“宗竺遺書”は、歴代の三井家により守り継がれ、明治33年(1900)に“三井家家憲”として改訂されるまでの200年近くもの間、三井家の精神とされました。
6. まとめ
このような過去の家憲等を参考に、現代のファミリー憲章に引き直すのであれば、主な項目は以下のようになると考えます。
- ファミリーでビジネスを行う場合における創業者時の理念や価値観等の共有
- ファミリー内における意思決定や交流(コミュニケーション)を行うための継続的な会議体の設置
- ファミリーで行うべき、地域活動等の社会貢献への指針
- ファミリービジネスに従事すべき後継者、及び親族等に対する教育方針の決定
- ファミリーメンバーそれぞれの立場におけるルール作り(経営者、株主、経営者・株主等でないファミリーメンバー)
- ファミリーメンバーの役員・従業員への採用・異動・昇格・評価等ついての規約作成
- ファミリーメンバーである株主としての議決権の統一行使等についての規約作成
- ファミリーメンバーによる株式の保有・譲渡・移転等に関する規約作成
- 会社経営や相続等に影響を及ぼす創業者などの個人財産についての引継ぎ・活用・処分等に関するルール作り
長寿である日本企業には、学ぶべき点が多くあります。このような企業は、決して一人の後継者のみで、事業を継続させてきたわけではなく、創業者の事業が、長きに渡り、多くのファミリーメンバーによって、繋がれてきたということです。
過去からの学ぶべきことを考慮すれば、現状の後継者“単独”への集中的な承継から、ファミリーガバナンスよる事業の承継を検討する価値があるものと考えます。
まずは、“ファミリー憲章”の意義を考えてみてはいかがでしょうか。
執筆:安岡 喜大 yasuokay@yamada-partners.jp