1. はじめに
令和6年度税制改正において、中小企業事業再編投資損失準備金の新たな枠が追加されました。M&Aは成長意欲のある中堅・中小企業が、さらなるグループとしての成長を遂げるためには有益な手段です。一方で、簿外債務リスクや経営統合リスクといった減損リスクも伴います。こうしたリスクも踏まえ、現行の中小企業事業再編損失準備金(以下、「従来型」)を拡充・延長し、中堅・中小企業によるグループ化に向けた複数回M&Aを集中的に後押しするため、積立率や据置期間を深堀する新たな枠(以下、「拡充枠」)が追加されました。本ニュースレターでは、拡充枠の主要な論点(制度概要、特別事業再編計画、特定中堅企業者)について解説致します。
2. 従来型と拡充枠のイメージ比較
従来型と拡充枠のイメージ比較は以下の通りです。拡充枠においては、税務申告のほかに、改正後の産業競争力強化法に基づく特別事業再編計画の認定を受けることが必要となります。
① 往来型イメージ
② 拡充枠イメージ
3. 中小企業事業再編投資損失準備金の拡充枠の概要
拡充枠の制度概要と要件の概要は以下の通りです。
制度概要
(出所:経済産業省HP)
(出所:経済産業省HP)
要件の概要
※産業競争力強化法に基づく特別事業再編計画の認定要件に加え、下記の要件を満たすM&Aが対象。
- 認定事業者が中堅企業の場合、特定中堅企業者の要件を満たすこと。
- 認定事業者がみなし大企業でないこと。
- 売手となる他の事業者が産競法上の中小企業者であること。
- 取引価額1億円以上100億円以下の株式又は持分の取得(法第2条第18項各号に掲げる措置)であること。
- 支払限度額5億円超の表明保証保険契約が締結されていないこと。
※なお中小企業は、中小企業等経営強化法に基づく経営力向上計画の認定を受けた者を対象とする現行準備金税制も活用可能(ただし、同一のM&Aについて中堅・中小グループ化税制との重複適用不可)。
(出所:経済産業省HP)
4. 拡充枠における特別事業再編計画の認定要件について
拡充枠の適用を受けるために必要となる特別事業再編計画の具体的な要件については以下の通りです。
要件
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要件の具体的内容
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申請事業者
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中堅企業者※又は中小企業者(常時使用する従業員2,000人以下の者に限る。)
※中堅企業者のうち、特に賃金水準や投資意欲が高い「特定中堅企業者」のみが税制措置(中堅・中小グループ化税制、登録免許の軽減)を活用することが可能
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過去の M&Aの実績
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過去5年以内に、取得価額1億円以上のM&A(事業構造の変更)を実施していること。
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計画期間
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5年以内
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成長要件 (事業部門単位)
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計画の終了年度において次の両方の達成が見込まれること。
① 従業員1人当たり付加価値額9%向上 ② 売上高1.2倍
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財務の健全性 (企業単位)
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計画の終了年度において次の両方の達成が見込まれること。
① 有利子負債 / キャッシュフロー ≦1 0倍 ② 経常収入 > 経常支出
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雇用への配慮、 賃上げ
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① 計画に係る事業所における労働組合等と協議により十分な話し合いを行うこと、かつ実施に際して雇用の安定等に十分な配慮を行うこと。 ② 雇用者給与等支給額2.5%(年率)の上昇
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事業構造の変更
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取得価額1億円以上のM&Aであって、次のいずれかを行うこと。
① 吸収合併、② 吸収分割、③ 株式交換、④ 株式交付(議決権の50%超を保有することとなるものに限る。)
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前向きな取組
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計画の終了年度において次のいずれかの達成が見込まれること。 ① 新商品、新サービスの開発・生産・提供→新商品等の売上高比率を全社売上高の1%以上 ② 商品の新生産方式の導入、設備の能率の向上→商品等1単位当たりの製造原価を5%以上削減 ③ 商品の新販売方式の導入、サービスの新提供方式の導入→商品等1単位当たりの販売費を5%以上削減 ④ 新原材料・部品・半製品の使用、原材料・部品・半製品の新購入方式の導入→商品等1単位当たりの製造原価を5%以上削減
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グループ内連携
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特別事業再編を実施する事業者全体の方針の下、次のいずれかを実施することで成長を達成することが見込まれること。 ① グループ内の経営資源とM&Aにより取得する他の事業者の経営資源を組み合わせて利用すること ② 生産、販売、人事、会計又は労務等に係る経営管理の方法をM&Aにより取得するほかの事業者に導入し、経営の効率化を図ること。
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(出所:経済産業省HP)
執筆
5. 特定中堅企業者の要件について
拡充枠の申請が可能な事業者として、特定中堅企業者がありますが、特定中堅企業者とは具体的には主に下記の要件を満たす企業者を指します。
国内投資・雇用者の所得の向上と国内産業の新陳代謝をより効果的・効率的に活性化させていくため、産業競争力強化法で措置する支援の対象となる特定中堅企業者については、成長志向が強く、国内経済に貢献する高いポテンシャルを有するものとし、「雇用」、「成長投資」、「経営力」の3つの観点から設定。
企業規模
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中堅企業者:常時使用する従業員の数が2,000人以下の会社及び個人(中小企業者を除く)※ただし、以下のものを除く
① みなし大企業(後述) ② 風営法に基づく風俗営業又は性風俗関連特殊営業に該当する事業を営むもの ③ 暴力団対策法に基づく暴力団員等が役員にいるものや、 暴力団員等が事業活動を支配するもの
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1 【指標1】 良質な 雇用の創出
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直近の事業年度において、以下のいずれも満たすこと (地域における良質な雇用を生み出す役割を重視) ① 賃金(常時使用する従業員1人当たり給与等支給額)が業種別平均以上 ② 常時使用する従業員数の年平均成長率(3事業年度前比)が業種別平均以上
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2 【指標2】 将来の 成長性
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直近3事業年度のうち、いずれかの事業年度が、中堅企業者の業種別平均以上の売上高成長投資比率であること (将来成長に向けた十分な成長投資を実行しているかどうかを重視) ※成長投資は、① 設備投資額(有形固定資産投資)、② 無形固定資産投資額、 ③ 研究開発費、④ 教育訓練費のいずれか
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3 十分な 経営能力
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※特定中堅企業者が事業計画の認定を受ける場合に確認(支援措置の活用において必要) 更なる成長を目指した経営ビジョン(長期的に目指す姿、事業戦略、成果目標、経営管理体制)を策定・提出し、外部有識者で構成される評価委員会が十分な経営能力を有しているかどうかを確認
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(出所:経済産業省HP)
6. まとめ
今回の拡充枠の創設により、従来型は適用できなかった中堅企業者も本税制の適用が可能(ただし、適用要件を充足した場合に限る)となります。本税制を活用することにより、M&A実行時には限度額までの任意の金額が損金算入され、法人税等相当額の資金が留保される効果があります。ただし、据置期間経過後や一定の事由の発生により、最終的には益金算入されることとなるため、適用企業における長期のタックスプランニングを検討する必要があります。
また、従来型及び拡充枠双方ともに、本税制を受けようとする際には、それぞれ申請が必要となり、これらの申請には一定程度の事務作業が発生することについて、留意する必要があります。
さらに、M&Aのスケジュールと同時進行で本税制の申請を行う必要があり、申請タイミングとM&Aのディールスケジュールをすり合わせながら申請を行う必要がある点についても留意する必要があります。
執筆:若松 太 wakamatsuf@yamada-partners.jp