1. はじめに
現在政府では、2026年の排出量取引制度の本格稼働を目指し、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(以下「GX推進法」といいます。)の改正の検討・準備を進めています。
排出量取引制度については、EUや中国、韓国等、世界的に導入が進められていますが、日本においても2023年度から試行的にGXリーグにおいて任意的な排出量取引制度を開始しています。今回、日本において義務化される予定の排出量取引制度について、上場企業を中心に影響が生じることが予想されていることから、GX推進法の改正についても、高い関心が寄せられています。
ここでは、法改正を目指した現在の動きについて解説します。
2. 現在の政府の動き
排出量取引制度の本格稼働に向けた政府の動きとしては、本年9月にスタートした「GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループ」(以下「CPWG」といいます。)にて、排出量取引制度の制度設計を行っています。
また、その前提として、「GX実現に向けた排出量取引制度の検討に資する法的課題研究会」(以下「法的課題研究会」といいます。)において、排出量取引制度に関する法的課題が整理されています。法的課題研究会においては、現在、法的課題とその考え方についての報告書案が示されています。
3. 検討されている制度
(1) 制度対象の範囲
具体的に検討されている排出量取引制度の対象については、二酸化炭素の直接排出量10万トン以上の法人としています。EUや東京都の排出量取引制度は、施設や事業所を対象としているところ、対象を法人とするのは、日本における既存の法体系と整合性をとったものと政府は説明しています。
(2) 排出枠の割当て
排出量取引制度では、対象事業者に対して排出枠を割り当てることが想定されています。主に検討されている割当ての手法は、ベンチマーク方式・グランドファザリング方式の2種類です。
方式 |
概要 |
ベンチマーク方式 |
ある一定のプロセスにおける排出原単位の上位〇%~●%の水準となるようにベンチマークを設定し、基準活動量(例えば、製品の生産量等)にベンチマークを乗じて割当量を算定する。 |
グランドファザリング方式 |
過去の排出実績等を踏まえて、毎年一定比率での排出削減を求めるため、基準排出量(ある年度の温室効果ガス排出量)に一定の比率(削減率)を乗じて割当量を算定する。 |
実際に対象事業者に対して割当てがされる際には、対象事業者から国に対して割当量の申請が行われますが、その際の割当量の算定が算定基準に則ってなされているかについては、第三者機関による認証が行われることが想定されています。
(3) 排出量の算定
対象事業者は、実際の排出量について算定・報告することが義務付けられることになりますが、対象事業者が自ら行った排出量の算定が正確になされているかどうかを担保する必要があります。
そこで、制度上、対象事業者が行った排出量の算定を、第三者機関が検証し、算定の正確性を保証する枠組みを設けることが検討されています。
(4) 排出枠の償却
排出量取引制度においては、対象事業者に排出枠の割当てを行った上で、一定の遵守機関における排出量と同量の排出枠を償却する義務を対象事業者に課すとされています。また、それと関連して、償却義務の履行手段として柔軟な対応を可能とするバンキングや外部クレジットの導入などの柔軟性措置の導入も検討されています。
柔軟化措置 |
概要 |
バンキング |
排出枠に余剰が発生した場合に、次期以降に繰越を認める制度。 |
外部クレジットの利用 |
制度の中で割り当てられる排出枠以外のカーボン・クレジット(外部クレジット)を用いて償却義務履行を認める制度。海外のクレジットを活用することもあり得る。 |
(5)担保措置としての課徴金
排出枠の償却義務の履行を確保する観点から、償却義務を履行しない事業者に対して課徴金制度を設けることが検討されています。
課徴金額の算定方法や手続保証をどのように図るかなどについて、現在検討がなされていると考えられますが、排出枠取引制度上、償却義務を果たさない事業者に対しては、償却されなかった排出枠の価格に比例した不利益を課される可能性が高いと言えます。
(6)排出枠の取引に関する規制
排出量取引制度の本格稼働によって、取引市場が形成されることになりますが、公正な排出枠価格の形成を行うためには、不公正な取引がなされることを防止する必要があります。
それを踏まえ、取引業者・仲介業者への規律の在り方、排出枠取引所への規律の在り方、不公正取引への対応の在り方が検討されています。
4. むすび
以上のとおり、日本における排出量取引制度の制度設計については佳境を迎えているところであり、早晩具体的な枠組みが決定されるものと思われます。
政府は、GX推進法について、来年の通常国会での改正を目指していることから、来年の年初には閣議決定がなされることが推測されます。
執筆:荒籾 航輔 aramomik@yp-law.or.jp